財団法人交流協会 貿易経済部副長 根橋玲子
2007年度台湾経済部投資業務處の発表によると、2005年12月迄の累計で、台湾企業の対日投資件数は延べ 1,014件、投資総額 9億 8,755万米ドルとなっており、全産業別内訳は主に貿易商社、機械工業、不動産、繊維産業およびその他サービス業である。直近の台湾からの対日投資動向をみると、2004年の 7,400万米ドルから、2005年にはマイナス 2,600万米ドルに転じたが、2006年には増加し1億1,000万米ドルを達成した。M&A関連の調査会社レコフの調べによると、2004~2006年の台湾からの対日投資企業数は延べ19社であり、対日投資全体の2.3%に相当する(*1)。
この数字を裏付けるように、特に地方自治体から台湾企業の対日投資を誘致したいという希望や台湾企業がグローバル経済でプレゼンスを持つ半導体やIT産業を中心とした投資を望む声がますます強くなっている。当協会では毎年台北において対日投資コンサルティングセミナーを実施している。平成17年度には日本エイサー株式会社代表取締役詹國良氏やグローバルユニチップジャパン株式会社代表取締役蔡〇(雨かんむりに森)林氏が日本進出の成功事例について講演を行った。こうした台湾企業のフォローアップを行う中、平成17年度には3件、平成18年度には5件の対日投資案件が成立した。うち大半が東京近辺での販社設立であり、地方への投資は1件、それも発起人のビザの関係で地方在住の台湾人が便宜上企業を立ち上げただけで、その後東京へと本店登記を移したという事例であった。
そのため、地方への投資を円滑に促進するべく、最近の台湾企業の対日投資成功事例を元に、台湾企業の対日投資動向と成功の秘訣、台湾企業を地方に誘致する方法について提言したい。
日本エイサー株式会社は1994年に日本の代理店により同社商品の販売を開始し、1998年に日本法人を設立した。しかし、日本市場の特殊性と台湾ブランドのマーケティングの困難さが相俟って、創業以来一貫して赤字体質が続いていた。その中で、2002年7月、詹國良・現代表取締役社長が社長に就任した。詹社長は、日本の大学を卒業し、日系大手メーカーの台湾法人に就職した経験を持っており、日本語は元より日本文化に精通している知日派である。1998年11月に日本エイサー入社以降営業部に配属され、一貫して営業畑で実績を上げ、入社数年で営業部長に昇進。2002年代表取締役に就任してからは、2003年度年次決算より黒字転換させ、2004年度、2005年度とも毎年対前年比増収増益を達成させた。
対日投資成功の秘訣は、日本の豊富なアウトソーシングサービスを活用した、同社の徹底的なコスト削減策にある。現在の社員は台湾から派遣された取締役4名を含む18名で、エイサー製品のブランド管理・マーケティング・商品企画のみを自社で行い、その他は全て徹底したアウトソーシングを行う。製造やアフターサービス、修理などは地元川口市周辺の日系企業に下請けに出し、地域経済の活性化にも寄与している。2002年当時は60数名の社員がおり、製造・販売・サービス・物流・倉庫業務迄を自社で行っていたが、社長就任時にコスト削減のために人員整理を行うとともに、物流および補修サービスのアウトソーシングを行い、初年度で会社を黒字転換させた。
また、同社の日本市場でのマーケティング戦略も非常に優れている。上記のような徹底したコスト削減策を取る中で、フェラーリの公式スポンサーであるAcerのブランド認知度を高めるため、埼玉県川口市から港区赤坂に日本支社を移転。赤坂支社では、マーケティング、ブランディング、営業のみを行い、特に2006年以降、積極的に雑誌、テレビ、インターネットなどによる新商品のプレスリリースや PRなどを行い、専門誌でのF1レーサーと詹社長の対談や人気ドラマへの同社製品の提供など、アジア系メーカーの中では極めて斬新なマーケティングを展開した。現在日本市場において、高級志向でスタイリッシュなブランドの構築に成功している。
京元電子股イ分有限公司は、1987年に資本金42億元で台湾新竹にて設立された。京元電子は2001年5月9日に株式上場しており、現在台湾苗栗縣竹南鎮をはじめ生産拠点として2拠点、販売拠点を米国、欧州、日本に持っている。
福岡に拠点を持つ株式会社アルデートは LSIテストに特化した技術ベンチャーで、半導体テストソリューションをコアとする技術集団である。その優良な技術と高い将来性を見込まれ2003年に5~6社のベンチャーキャピタルから支援を受けるが、2006年2月6日京元電子と資本・事業提携を結ぶ。京元電子は1億元を投じてアルデートの資本の85%を取得した。アルデート創業者で会長の久池井取締役は退任し、京元電子の取締役である張高薰氏を会長に迎えた。組織変更によるマネジメント強化を行うことにより意思決定のスピードが迅速になったことと、京元電子の豊富な情報力やリソースを共用することで効率的なコスト削減を達成した結果、経営陣交代から3ヶ月たたないうちに創業以来赤字であった同社の業績が月次ベースで黒字転換した。この間人員削減、設備縮小は一切行わなかった。2007年5月にはアルデートは既に京元電子に対し利益配当を見込める程の成長を遂げ、従業員も当時の13名から2007年6月には40名に増加しており、地域に新たな雇用を生み出している。
希華晶體科技は、時計やパソコン、携帯電話、時計、測定機器などの部品として使用される水晶振動子・水晶発信器メーカーで、2005年度は約12億5,000万元(約45億円)の収益を計上している(*4)。1988年に資本金 5,200万米ドルにて設立され、2000年4月、株式会社明電舎の不採算事業であった水晶事業を引き受ける形で、水晶デバイス製造の明電舎子会社である明電通信工業を買収、同社日本法人としてシワード テクノロジー株式会社を設立した。現在、水晶振動子・水晶発振器等の高精度品を中心として、設計開発・製造・販売を行っており、経営体制が変わってからは、粗利益率29%という、同業他社と比較して遙かに高い利益率を達成している(*5)。
明電通信工業は1963年に「米沢明電舎」として操業開始以降、一貫してカラーテレビ用の水晶振動子の生産を行い、その後無線用水晶発振機、時計用水晶振動子、コードレス電話用 TCXOの製造に携わってきた。時代の流れの中で、当該分野での一貫生産は日本ではコスト面で難しく、買収後は効率的な国際分業体制を図るべく、翌2001年には中国・無錫に工場を建設して製造拠点とし、日本ではR&Dに特化して事業を行っている。こうしたグローバル分業体制を容易にする日台アライアンスの実現が、成熟産業において高い利益を達成できる秘訣とも言える。
これまで、台湾企業の地方への投資は、奇美電子の日本IBM野洲工場買収や日月光(ASE)の NEC山形工場買収など、日本の大手企業の不採算事業や工場設備を日本企業側から引き取るM&A型が多かった。最近は、台湾企業の日本企業との深いつながりの中で、日本の中小企業や零細企業の後継者難や資金難による依頼ベースでのM&Aにより、台湾企業の日本での事業継承の動きが少しずつ見られている。